2012年5月2日
ゴールデンウィークだ。サラリーマンじゃない自営業(自由業)を長くやっていると連休なんかまったく実感もなければ恩恵もない。逆に仕事上は何もできなくなる迷惑な一週間だったりします。 だからゴールデンウィークこそ部屋でまったりが一番なのだ。しかも今日は大雨。こんな日はチャリのチューンナップなのだ。 |
タイヤの空気圧やらグリスアップなど日々のメンテナンス以外のちょっと大掛かりな事をこの機会にやってしまおう。 走り始めてほぼ1年。走行距離は約7000キロくらいになるので色々手直しが必要な時期。特に笠井さんのミニベロは購入時にセットアップされていた安いパーツの劣化や構造上の弱点が解消されないままだったところに手をいれます。 まずはリアタイヤ。ゴム層がなくなって下地の繊維層が見えてきています。これは明らかに限界であぶない状態。そしてリアカンチブレーキの効きが悪すぎる。キャリパーの角度が浅すぎてリムに押し付ける力が足りない感じ。角度を広げてみると効きはよくなるけど、今度はかかとが当たってしまう構造上の欠陥。 |

そこでカンチブレーキをあきらめてキャリパーブレーキに交換する事に。幸い取り付け穴があるので交換はとっても簡単です。試乗したら別物の効き心地になってとっても満足。そしてタイヤとチューブ、リムテープも交換。 |
このミニベロにはビート径451のリムが装着されています。451径のタイヤはスリックばかりであまり選択肢がないのが難点だな。まぁ雨の日に乗る事はまず無いので問題ないでしょう。赤いサイドラインの入ったスリックにしたらカッチョいい! |

一番の懸案であったBB(ボトムブラケット)も交換。かなり以前からペダリング時にコツコツと異音が発生している。分解洗浄してグリスアップする事でいったん直ったけど最近また出て来た。昔ながらのカップアンドコーンBB。パーツの形状などから見ても安っぽく、耐久性や異物の侵入など今後も問題が発生しそうなブツ。 |
やっぱりこの際だから現在の主流でメンテナンスフリーのカートリッジBBに交換してしまおう。 そんなゴールデンウィーク。楽しい。 |

2012年2月29日
乃木坂46の「会いたかったかもしれない」という曲がすんげ~キモチワルイ。まだ聞いた事のない方はその気持ち悪さがとっても楽しいので一度聴いてみるといいよ。レッツ!YouTube! この曲、AKB48の「会いたかった」とまったく同じ歌詞にまったく違うメロディーをつけたオマージュ。PVなんかも公式ライバルらしく本格的にAKB48をパクったつっこみどころ満載の満腹感。プロデューサーの悪ふざけと言うか、おたわむれがスバラシく商売上手だ。 |
歌詞よりメロディーの方が速く深く入ってくる右脳人間にはかなりダメージが強い。左脳とのマッチングが崩壊して違和感を超えて異物感がハンパない。まったく根拠はないけどもしかしたら左脳人間の方々はすんなり聴き流せるのかも知れないね。当然オリジナルをあまり聴いていない方も違和感ないはず。 「会いたかったかもしれない」を連日聴いて慣れる事ができるのか実験してみたらまったくダメだった。ずっと気持ち悪くぜんぜん慣れない。加えてメロディーがかけらも頭に残らない。さんざん聴いた後に唄ってみても「会いたかった」のAKBオリジナルメロディーしか出てこなかった。面白いもんだな~。 |

どうやら昔から音楽の聴き方が変なのかもしれない。曲全体をイメージで聴いている傾向が強く、どちらかと言うとメロディーに引っ張られている。歌詞は楽器やアレンジなどと同列の要素としてあいまいな存在だ。だから「替え歌」は平気だけど曲のアレンジを替えたリミックスなんかも気持ち悪かったりする。 歌詞の内容に思い入れがない分「あの曲に勇気づけられた」とかの具体的な思い出が一切ないし、歌詞カードなんかも見た事がないからいっぱい間違って覚えていたりするのだ。だから明るい曲、悲しい曲、楽しい曲などの漠然としたイメージとして時代とリンクしているのだ。 |
この聴き方のいいところは偏見ナシになんでも聴ける事。洋楽、邦楽、演歌にアイドル、懐メロに企画ものまでどんなジャンルでも心地よければそれらはいい曲なのだ。オタクでもない50歳手前のおやぢがニコニコしながらAKB48なんかを聴いていられるのも歌詞の内容を曖昧にしているからこそできる事。そんな甘酸っぱい歌詞を書き続ける還暦手前のおやぢはやっぱりすごいと思う。 どんな名工が丹念に造った家具でも売ればそれで終わり。ここは25年前にたったの10分で書いた「バレンタイン・キッス」の印税がいまだに入ってくる世界だ・・みたいな事を淡々と言いやがる。本物だね。 |
2012年1月28日
約30年前、その頃はガキなりにがんばって生きていたもんだ。仕送りもあったけどそのほとんどがデザイン学校の課題を造るための材料などに消えていって日々金欠状態。喰うためにバイトもしたけど模型造りやトレースなど激安のインテリア関係のバイトばっかりだったからまったく生活費の足しにはならなかったのだ。でもバブルが始まるちょっと前の景気がいい頃。東京ではビッグプロジェクトがあちこちで立ち上がりインテリア業界がメチャ元気な時代。有名インテリアデザイナーの事務所にはデザイン学校のクラスがそのまま移動したかと思うくらいのメンツがいつも群れていたもんだ。そして面白かったなぁ。 |
インテリアや建築といっしょに写真の授業も選択したから金欠はさらに加速。フィルムや印画紙などアナログ写真は実に金喰いだ。
クラスメイトに桁違いのお嬢様がいた。彼女のマンション洗面所を暗室にしつらえて、いつものメンツが毎日合宿状態。食事も当たり前の様にそこでごちそうになって完璧にヒモ生活(苦笑)朝飯喰ったらそこから皆で集団登校。今考えたらかなり異常な生活だけどなんか許される空気にあふれた時代だったのだ。 |

デジタル時代になってこのカメラもただの飾り物になってしまったけど、シャッター音や造形は今でも美しい。コレクションとして、おやじの形見として大切にしていこう。 当時、まわりには緑と黄色のパッケージがゴロゴロころがっていました。緑は富士フィルム、そして黄色はコダック。アナログ写真時代の二大巨頭だ。その黄色のコダックが倒産した。デジタルは儲からないからとアナログフィルムに固執したコダック。利益は薄いけどデジタルに移行し、多角化を進めて成功した富士フィルム。 コダックほどの大企業がなんでこうなっちゃったのか?すぐにデジタルが主流になることなんてバカでもわかる。 |
皮肉にもデジタルカメラを世界で初めて開発したのはコダックだったりする。実際、多角化に動いていたけどフィルム主体の経営を変える事なく力尽きた。たしかにライカなどのアナログカメラは根強い人気があるしアナログ写真独特の表現もあせる事はない。アナログ信者の賞賛の声は心地よく現実逃避を続けた。・・これって先駆者のロマンだね。残念ながら一般の大多数はそんなこと知ったこっちゃない。手軽で安価なモノがスタンダードになるのは必然だ。 |
2012年1月1日

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あけましておめでとうございます!! |